高畠達四郎
独立美術協会創立に参加した洋画家。フランス留学の影響を受け、詩情豊かな風景画で昭和洋画界を代表した。1952年2月に「暮色」で毎日芸術賞を受賞。
傳通院は、学者、文化人、武家関係者など、時代を代表する著名な人物が数多く葬られています
名前を知っている人物、教科書で見た人物が眠っていると知ることで、歴史がぐっと現実味を帯び、訪れる楽しみも深まります
独立美術協会創立に参加した洋画家。フランス留学の影響を受け、詩情豊かな風景画で昭和洋画界を代表した。1952年2月に「暮色」で毎日芸術賞を受賞。
耽美派を代表する詩人・作家。詩・小説・評論に才を発揮し、大正から昭和文学に独自の美意識を示した。【分骨】 1892年~1964年
浄土宗僧で仏教学者。『華厳経』『大般涅槃経』を現代意訳し、仏教思想の普及と教育・社会事業の発展に尽力した。1933年、淑徳高等女学校第五代校長に就任。
浄土宗僧で宗教理念にもとづいて実践を行なった三大社会事業家の一人。淑徳大学を創設し、宗教・教育・福祉の融合によって近代日本の社会福祉の礎を築いた。
明治・大正期の国粋主義的教育者・思想家。昭和天皇に倫理を進講し多くの知識人を育て、後に『人格高邁の国士』と評される。
娯楽時代小説の旗手。剣豪ものから現代小説まで大衆文学を革新し、戦後文学に影響力を持つエンターテインメント性が高い作家。代表作に『眠狂四郎』シリーズ
宗教大学卒業後、内地留学生として神道を研究。佛教図書出版事業に乗り出し、浄土教報社の主筆となってからは「浄土宗布教全書」全24巻を刊行する。
近代日本の漢文学者・教育者。漢和辞典『字源』を編纂し、漢文教科書で戦前教育の基盤を築き、中等教育に多大な影響を与えた。
明治・大正期の歌人。伊藤左千夫に師事し、アララギ派の中心として活躍。生活苦と病を抱えつつ、清澄で哀感深い短歌を残した。
福島県生まれ。東京帝国大学を卒業し、敦煌仏典研究で名高い宗教学者。『三階教之研究』で学士院恩賜賞を受け、社会事業にも尽力。近代仏教学の発展を主導した。
幕末の尊王攘夷派公卿。八月十八日の政変で七卿落ちし生野挙兵に関与。維新後は初代外務卿として明治初期外交を担った。参議・澤為量の養嗣子(娘婿)。
幕末の浄土宗僧。尊皇攘夷を唱え清河八郎ら志士と交流し、傳通院処静院住持として奔走するも、慶応三年に刺客により暗殺された。17才で剃髪、名を琳瑞と改める。